では一体、この赤帽は何か？
「妙な話」（芥川龍之介）
（「日本文学100年の名作第1巻」）
新潮文庫
「妙な話」（芥川龍之介）
（「芥川龍之介全集4」）ちくま文庫
停車場で突然見知らぬ赤帽に
声を掛けられた千枝子。
彼女は赤帽から、
戦地へ赴いている夫のことを
尋ねられる。
数日後、再び彼女の前に現れた
謎の赤帽は、彼女の夫が
戦地で負傷したこと、
そして間もなく帰国することを
告げる…。
粗筋としてあげた上記は、
友人である村上から｢私｣が聞いた、
村上の妹夫婦に関わる｢妙な話｣です。
どこが妙か?
見ず知らずの赤帽が、
千枝子に出征中の夫のことを
尋ねるのも｢妙｣なら、
後日その赤帽が
夫の消息を語るのも｢妙｣です。
さらに後日、帰国した夫もまた、
パリで日本人の赤帽に
会ったのだというのです。
｢妙な話｣です。
夫を気遣う妻の体験した
美談かと思うのですが、
最後の4行で大どんでん返しがあります。
では一体、この赤帽は何か？
考えられることの一つめは、
｢夫婦の愛情と信頼の象徴｣である
ということです。
夫の長期不在中における
妻の過ちを諭すように現れた
神様の使いと考えることが
できるからです。
赤帽はいわゆるポーター。
幸せの運び手ととらえることが
できるでしょう。……①
二つめは、
近代の怪談としての｢物の怪｣です。
欧米に追いついたものの、
まだまだ妙な話はたくさんありますよ、
物事はそううまくいきませんよ、
というような
芥川からの｢私｣と読者への戒めと
とらえることができます。……②
三つめとして、
この話自体が村上のでっち上げと
考えることもできます。
妹･千枝子への｢私｣からの誘惑を断ち、
妹の貞淑を守るため、
あえてこのような｢妙な話｣をして
｢私｣に釘を刺しておいたと
考えられます。
村上は｢私｣との友人関係を保つため、
最も当たり障りのない方法を
選んだのだと考えることができます。
……③
①ではなさそうです。
芥川はこんなロマンチックなことは
考えないでしょうから。
第一、色気がありません。
②はあり得ます。
本作品発表の大正期は、
こうしたいわゆる｢幻想怪奇小説｣が
注目を集めていた時期です。
しかし、芥川がそうした周囲の流れに
迎合するのも考えにくいことです。
となるとやはり③なのでしょうか。
いや、そうでなくては
最後の4行が生きてきません。
本作品は
｢怪奇幻想小説｣の衣を纏わせた、
芥川流の皮肉話と考えるのが
よさそうです。
〔｢日本文学100年の名作第1巻｣
収録作品一覧〕
1915｜父親 荒畑寒村
1916｜寒山拾得 森鷗外
1918｜指紋 佐藤春夫
1918｜小さな王国 谷崎潤一郎
1919｜ある職工の手記 宮地嘉六
1921｜妙な話 芥川龍之介
1921｜件 内田百閒
1921｜象やの粂さん 長谷川如是閑
1922｜夢見る部屋 宇野浩二
1923｜黄漠奇聞 稲垣足穂
1923｜二銭銅貨 江戸川乱歩
※本アンソロジーには、
佐藤春夫｢指紋｣、
内田百閒｢件｣、
稲垣足穂｢黄漠奇聞｣等、
当時の｢怪奇幻想小説｣が
収録されています。
明治の自然主義文学への
反動としての一つの流れ
だったのでしょう。
〔「芥川龍之介全集4」収録作品一覧〕
杜子春
捨児
影
お律と子等と
秋山図
山鴨
奇怪な再会
アグニの神
妙な話
奇遇
往生絵巻
母
好色
薮の中
俊寛
将軍
神神の微笑
トロッコ
報恩記
（2019.8.23）
【青空文庫】
「妙な話」（芥川龍之介）
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